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今村組最終練習
きのうは今村組札幌遠征最終練習でした。

4月から始まった今年の札幌練習。
南三陸陸仙海と合同で参加するといった初めてできわめて難しい取り組み。
指導者の私が「東北震災を受けた子ども達」と共に踊ると言うことを意識しすぎた2ヶ月。
指導も見通しもどんどんと泥沼にはまりこんだ2ヶ月。
京都の子ども達はそんな私の苦悩に呼応する様に色々な問題を起こし、チームがバラバラになっていっていた。

一昨日の犬山踊芸祭。
そんな今の今村組を象徴するかのような演舞。
パワーが乱放出している、パワーが1つに結集していない。

昨日の最終練習、私は2時間をとってこの2ヶ月を振り返り、そして語った。

「お前たちの苦しみは俺が背負う。だからお前たちにはお前たちにしか背負えない仲間の苦しみを背負え。共に誰かの為に踊り抜こう。南三陸陸仙海は12番目の今村組や、あいつらはまだ一回も人前で踊っていない。札幌の「さ」の字も知らない。お前たちだけを今村組だけを頼りに踊りにきよるんや。前に進もうとしてるんや!だからあいつらと一緒に勝とう!勝ちに行こう!!俺らが勝たな誰が勝つんや!」と。

そして練習が始まった。


そんな時、6年前に今村組を辞めた22歳になる「勇作」という男が練習場にそれこそ、申し合わせた様にやってきてくれた。
まだ学生の彼がコンビニ中のスポドリを全て買い占めて差し入れに来てくれた。

彼は当時決してほめられたメンバーではなかった。
色々な問題を起こし、私の手を何回も煩わせた子だった。
辞める時も今振り返れば何の思いも持たないかの様に辞めていった子だ。

私は彼にメンバーの語ってやってくれと言った。
彼は静かにこう語った。

~俺がメンバーだった時、練習に行ったら怒られる。踊れてなかったらイベントも出してもらえない。
何回も嫌やなあと思った。何回も逃げ出しそうになった。でも辞めてから分かった。
あの時、もっと先生の言うことを聞いておけば良かったと。
今でも俺は忘れない、あの時の先生の言葉が。。。
『悪いことをすれば仲間みんなに迷惑になる。悲しませる。良いことをすれば今村組の名前を挙げる。喜びは仲間と一緒に喜べ。そうしたら喜びは2倍、3倍になる』と。
札幌だけが今村組ではない。日常仲間を持って喜びを2倍にしてがんばってほしい。」と。~


私はうつむいてごまかしていたが、涙が止まらなかった。
あの勇作がこんな事を思ってくれていたなんて・・・

そして今、問題ばかり起こしている今村組メンバーも彼の言葉を深くかみしめたようだった。


練習最後、それこそ火の玉の踊り、炎のダンス、魂の踊り。。。関西京都今村組完全復活だった。

練習の最後にずっとついてくれているNHKのインタビュー。
「なぜ『勝ち』にこだわるんですか?」と。


今の世の中、Best1ではなくオンリー1だとか参加することに意義があるだとか、一生懸命やれば結果は堂でも良いとか、耳障りの良い言葉があふれている。
人生の中でどうしても勝たなければならない時がある。

日本史上最大の災害に見舞われ、それでも立ち上がろうとする子ども達と色々な苦しみをかかえ悩み続けている若者達の代表でもあるヤンキー集団関西京都今村組のメンバー達。
手を組むはずもなく出会うはずもなかった彼らが出会い、生きる事を踊ろうとしてる。
そんな奴らが勝たな誰が勝つ。
踊れば楽しい、作った笑顔で踊っとる奴らに負けるわけにはいかんのや。
今年は何があっても勝たなあかんのや。
そうしか世の中何もかわらん。


今村組100人、陸仙海30人を訂正してあえて書く。

関西京都今村組総勢130名はそんな思いを胸に8日、乾坤一擲の思いで北の大地札幌に舞い降りる。


彩朱佳と麻咲とそして札幌遠征達チビちゃん達と・・・
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by e-than-kki | 2012-06-04 08:24 | 今村組