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2013夏・回顧録
2013年夏が終わった。
この夏は本当に殺人的に忙しい夏だった。
8月の休日はわずかに1日。
本当に56歳の私がよくぞ無事に乗り越えた!と自分で自分を褒めてやりたい気持ちである。
特にお盆過ぎからの後半は群馬→千葉→事務所に戻って直ぐに合宿→合宿終わりを待たずに→栃木→茨城→福井小浜→北海道室蘭→札幌→山口→広島→滋賀のあっぱれ浅井祭り・・・・・

本当に我ながらよくやった!と思う。

メンバーもその分忙しかっただろうし、よくやってくれた。
中でも綾ねえからマネージャーを引き継いでくれた麻咲は若いとはいえ、本当によく私を支えてくれた。

しかしこの夏を回顧するときその忙しさよりもっと深く心に刺さっているのはメンバー問題の多発だろう。
それも各地方のリーダーと呼ばれる連中や古くからいるメンバーの問題が非常に多かった。


「5年も6年もいるんだからもうろそろそろ分かれよ!」
「何回おんなじ事やっとるん?」
「ホンマにおまえは馬鹿か。いったい幾つや?そんな事普通するか?」

などなど一時は本当に子どもなんて信じられへん、あかん奴はあかん、あほはあほや!とまで思った時期もあった。

8月後半には本当にその心労でまるで「鬱病」のような状態にまで陥った。


そんな時ある元メンバーの女の子から電話がかかってきた。
女の子と言っても年は27.8歳になっているだろう。
本当に今村組在籍中は「こいつ馬鹿か。」と思ったほどの子だった。
辞める時もそんなにきれいな辞め方をしたわけでもないこの子が病院から電話をくれた。

「先生、今日、子ども産みました。先生にはどうしても知らせたくて・・・退院したら必ず先生に見せに行くから!」
「それともう一つ・・・・・・・・名前・・・・・・カムイにしました・・・・・いい?」

カムイとは・・・・・・・今村組創生期、今村組大躍進とともにあった曲の名前・・第1回目の札幌参加曲だ。

私は涙がとまらなかった。


その夜綾ねえに電話をした。
「今はメンバーの中にこんな奴おらんわ。やっぱ昔の奴は今の奴と違うんや。」という私のぼやきに一言返してきた。

「そうかあ。その子だって在籍中はホンマ色々やった子やん。先生の気持ちなんか伝わってなかったような子やん。今の子とかわらんような気がするけどな・・・」と。


私は「そうかなあ。。。やっぱ違う気がする」と心でつぶやいていた。



8月30日。。。滋賀県あっぱれ浅井祭り。

一人の若者が翔吾と龍太に付き添われて私の元にやってきた。
私の背中越しに「先生・・・」と声をかけてくれたその子は5年ほど前に今村組を辞めた子であった。
詳しくは書かないが、あの時の辞め方は本当にひどかった。
私は正直長い間どうしても許せない子だった。

27歳になったその子は「先生・・・あの時・・・・本当にすみませんでした・・・・今思うと・・・」と真っ青な顔をしてそう言った。
付き添っている翔吾と龍太は「こいつ前から先生に謝りたいって言うとってんけど恐くて恐くて近寄れんかったらしいで!」と大笑いしていた。

私は「あほか。先生もそんな若くないわ。それに昔の事やろ。今度近いうちに一緒に飲もうや」と声をかけると彼は少年のような、あの時のような笑顔を浮かべていた。


私は3人に見えないようにそっと涙をふいた。







教育とは・・・・

「今すぐ結果を出す事もある」
「何年か後に結果を出すこともある」
「その相手が年老いて結果を出すこともある」

だからこそ、教育はしんどいけどおもしろいだ。
常々そう言い続けたきた私。

やっぱり綾ねえはすごかった。




綾ねえ、そしてみんな!
今分かりました!
先生が急いでいたんだと。
先生が大事なことを忘れていたんだと。



今はっきり言えます!

今村組に何年も在籍し、地方のリーダーと言われていながら問題を起こし続けているメンバー。
君たちの5年後、10年後を信じます。
いや君たちの人生を信じます。


急いでいたのは先生なんですよね。
まだまだ「青い先生」でした。


間違いながら、失敗しながら、それでも一緒に進んで行きましょう!

先生と一緒に今村組の仲間と共に。



2013年夏。
先生はまた少しだけ大人になりました!
共に!
何があっても我らは共に!



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知床からオホーツクを望む・・撮影おれ
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by e-than-kki | 2013-09-03 10:01 | 生き方