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常陸の国よさこい祭り・湘南YOSAKOI祭り
昨日、一昨日と茨城県の常陸の国YOSAKOI祭りそして別働隊の翔吾隊は神奈川県湘南YOSAKOI祭りに招待されて参加してきた。





群馬高崎支部が初めて本家メンバーとして参加しての演舞。


同日、翔吾を代表とする湘南隊は紀州支部を本家メンバーに加えての湘南YOSAKOI祭りに参加していた。


共に初の試み。



ねらいは6月にひかえる札幌YOSAKOIソーラン祭りの紀州・群馬とともに参加するプレイベントとして位置づけよう!とするものだったが、ここ数日の演舞の落ち込みで、そのねらいとは裏腹にここでなんとか弾みをつけなければという悲壮なものにかわっていた。




土曜日・・・・・・・・

〔常陸の国YOSAKOI祭り・・・本家・高崎支部〕
今の今村組の状況を映し出すように高崎支部メンバーの衣装を忘れてくると言う大失態から始まった。

私は大会の関係上前日に茨城入りしていたので、朝早くから呉服屋を回り何とか即興の衣装を作り上げたのだが、バスが遅れ第一演舞ぎりぎりに到着した本家のメンバーのモチベーションは下がりきっていた。
先に到着した高崎支部のメンバーは私にはそれとは逆にピクニック気分のように見えていた。



龍太が演舞直前、涙をボロボロ流し、「俺に力を貸してくれ・・・みんなでやろう!」と訴えた。


なんとか・・・・モチベーションだけの、ホントに気持ちだけの演舞だったがスタートが切れた。






そしてその頃翔吾隊は・・・・・・・・・・


〔湘南YOSAKOI祭り・別働隊、本家・紀州支部〕

「あかん・・・・踊れるような状態やない・・・・」
翔吾の悲壮な声が電話の向こうで響いていた。

聞くとリハーサルでの演舞が全く納得する出来るものではなかったとの事。

翔吾隊には香織がいる、カラがいる、峯田が、ガッツが、ノンがいる、なのに・・・・・

「紀州支部が踊りにならん・・・・どうしよう・・・・あかん奴ははずそうか・・・せっかく連れてきてやったのに・・・・どうしよう・・・・・おとう・・・・」


普段今村組で行動する時はどんな時でも「先生」と呼ぶ翔吾が、
『おとう・・・・』
俺を「先生」呼ばずに「おとう」と呼ぶほど翔吾は悩んでいた。


私は
「お前が決めろ!俺の代わりが出来るのはお前だけや。お前が『あかん!』と思う奴は出さんでいい!ええか翔吾、お前が今村組や、俺を引き継ぐ男や。お前が判断しろ!」と。


結果、翔吾は紀州支部3人と本家メンバー1人をはずし、前夜祭演舞を行ったとその後の連絡で分かった。





『その日の夜・・・・・・』



茨城・・・・・本家・高崎


夜、食事の後、今村組・高崎支部のメンバーはホテル前で延々と演舞練習を続けていた。
それは薄暗い中で、カセットデッキの小さな音で、騒音を気にしてかけ声なしで延々と続けられていた。

同日、早朝からの移動。
大観衆の中での3曲連続演舞が二回。夜交流会での演舞が3曲、その後の疲れ切った体を引きづっての練習だった。

別の用事で実行委員長に呼ばれて夜遅く帰って来た私の目に飛び込んできた演舞・・・・


それは本家・高崎支部の壁を越えたまさしく関西京都今村組の魂の演舞そのものだった。


「今年は去年みたいに練習中、演舞を見ていて泣く事が出来ひんわ・・・」
そう言っていたhasamaruこと石原の目から涙が溢れていた。
群馬高崎支部長のマツムラも又泣いていた。

『共に!勝とう!』みんなで誓い合ってその夜の練習は終了した。



『湘南YOSAKOI・別働隊、本家・紀州隊』

夜遅く翔吾が電話をしてきた。

夜も3時を回っていた。

湘南別働隊は茨城隊と違い、軽いスケジュールだった。

朝の出発もそんなに早くなく、土曜は30分ステージ一回だけ、日曜もパレード1本、ステージ1本だけだった。

翔吾は言った。

「夜9時半から札幌向けの練習はじめてん。今、2時半頃終わってんけど・・・・俺演技の事はよう分からんけど・・・・練習はじめも紀州のテンションが上がらんで・・・・でも最後はいい踊り出来てたと思う・・・・あいつ等俺等にも怒られ、紀州に帰ってだいちゃん(紀州支部代表)にも怒られ・・・萎縮しとんねん、だから俺等の責任もあるねん、行けるよ!大丈夫や。」

高崎支部の高揚と決断の時の近さを思い、ひたすら紀州支部を守ろうとする翔吾が痛々しかった。

多分、紀州支部は俺が見て、龍太が見て満足できる状態になってはいないだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「最低今の90人から65人まで絞っての参加をする!」そう言い切っている俺への翔吾からの伏線なのだろう。そう思った。
・・・・・・20人~25人の本メンバー落とし。
翔吾は読んだのだろう。
・本家メンバーから10人落ち(まだ入団そうそうで満足に踊れない5人を含めての10人。今練習している者からは5人)
・高崎支部から5人落ち
・紀州支部から10人落ち


これが俺も龍太も翔吾も予想する落選メンバー数だ。

紀州支部10人落ち、すなわち5人くらいしか残れない計算になる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



龍太と、まさひろと翔平と俺でその夜は語り明かした。。。



翌、日曜日・・・・・・・・・


茨城隊

朝の日立大宮市の演舞。


袋田の滝で有名な袋田流し会場

2回目の今村組パレードは仲間になった「蔵っこ」も参加し、見に来ていた外国人家族も参加し本当に楽しかった。


その後の袋田の滝見物・・・お弁当・・・・・・



そして本会場の乾坤一擲、炎の連続6曲演舞・・・・・・・・・・・・・



来週の本家・高崎・紀州支部初の合同合宿に向け大きな一歩を歩み出した。




『湘南翔吾別働隊・本家・紀州支部』

「おとう、最後の演舞はカケやった。」
翔吾が電話で報告してきた。

モチベーションが上がらない紀州支部を最前列に配してパレードに臨んだと言う。

6月4日、札幌に向けての最後の練習日もイベントである。
そのイベントを受けるかどうか、さすがに私も躊躇した時、翔吾は「札幌だけがうちの取り組みではない。臨んでいる人がいる限り行こう!」と私を促したのは翔吾である。
それほど、いわゆるイベントを大切にする翔吾が招待イベントで「カケ」をしたのである。

それほどに・・・・・・

「紀州、なんとかなるで・・・・」
翔吾の声が比較的弾んでいた。




翔吾、龍太・・・俺の子である。

21歳にして、19歳にしてアマチュアダンス界に冠する関西京都今村組を率い、幾多の裏切りと憤りと喜びと孤独に闘いながら、今二人の率いる関西京都今村組は5たび札幌をめざす。


今週末の岐阜合宿。
最初で最後の合同合宿、そして札幌メンバー選定合宿。

ひたすら今村組の演舞を追究するため、鬼になる決意を固める次男演技部長龍太。

孤独の寂しさを知るがゆえに全員で、みんなで、共に札幌に向かおうとする長男、代表翔吾。




その二人の向こうにかすかに札幌の青い空が見えだした。。。。。。。。。。。
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by e-than-kki | 2006-05-22 10:24 | 今村組