ブログトップ
遠方より友来る、また楽しからずや。
昨日の滋賀県「ござれGO-SYU」祭り。

八日市今村組正式初デビューで5位入賞。

その結果もそうだが、それ以上に笑顔で踊り抜いてくれた子ども達やうれしそうな保護者の顔を見ていると、やっぱりやってきた事は間違ってはいなかったと確信した。


そしてもう一つうれしい事があった。



2年前まで今村組本部に在籍していたある男の子にあった。

男の子と言っても今は大学1回生になっているから立派な青年なのだが、その子は今村組の札幌遠征にも参加している。
確か初参加が4年前の「OROCHI」だった。
「OROCHI」と言えば、その当時今村組史上最大の人数90名で参加できる体制だったはずが、直前の大量退団でわずか63名で参加したあの年・・・

63名のメンバーが火の玉一丸となりパレードで覇者「天舞龍神」の真後ろを追いかけた、ある意味今村組の伝説に残る演舞を繰り広げたメンバーの一人だった。

その翌年、初ファイナル「鬼聖」。
その歓喜も共にし、その後、今村組を去った子である。

その当時を振り返って彼は「あのときなんで辞めたんかなあって思います。なんか自分でもよくわからんうちに辞めたような記憶があります。」
と語っていた。

翔吾を「殿、殿!」と慕い、今村組苦難の拡大期を支え、爽やかな風を残し、駆け抜けた彼。
その爽やかさゆえに、どろどろとした大人の渦に巻き込まれて辞めて行ったのが残念でならなかった。

「先生丸くなったなあ・・・」
「歳やかならな・・ところでおまえいくつになった」
「大学1年生!先生は?」
「51歳や!」

「又一緒に踊ろうや!」
「いつでも遊びに来いや!」

やっぱり彼は昔のままの爽やかな風の中でほほえんでいた。

そのほほえみが近い将来、今村組の中できっと見られる事を静かに願っている私だった。
[PR]
by e-than-kki | 2008-08-03 11:02 | 今村組