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カテゴリ:生き方( 90 )
今晩いよいよ今村組ドキュメント~ETV特集~
今晩10時からはいよいよ今村組ドキュメント「復興を誓う 命のダンス」NHK教育(Eテレ)ETV特集です。

番組HP

まあどんな内容になっているか楽しみでもあり、こわくもあり・・・

っていうのはあんまり皆さんご存じないのでここで解説しておきますが、そもそもドキュメントとは??


〔ドキュメント豆知識〕

1,一切ギャラなし!!
これ知らない人多いんですよね。なんか聞くところによると番組側がギャラを出した段階で映される側に「こんなんやってくれませんか?」とか言えちゃうし、映される側は断れないし・・・とかいう理屈らしいんですが・・・よくわかりません。
とにかく今回でもほぼ半年以上撮影協力しているけどギャラは一切なし!なんです。

2,放送前には完成した物を見ることは出来ない!
これもなんかよくわかりませんが、放送前にどんなものが作られているか今村組の責任者である私が見てチェックすることが出来ないらしい・・・これもなんかよくわかりませんが・・・一応出てくる子達は全部未成年だし、責任者としてはチェックしたいんですけど・・・だめなんですって。。。
なんかよくわからないでしょ。

まあ色々ありますがけっこう不自由です。

だから今晩の放送は他の一般の人と一緒で初めて見るんですから楽しみでもあり、心配でもあり。。。って感じなんですよね!


あっそれとこの放送にあわせて今村組HPリニューアルしました!
ぜひHPのほうにも1回遊びに来てください!!

今村組HP
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by e-than-kki | 2012-07-15 07:18 | 生き方
3.11あれから1年・・・
2011年3月11日。。。
日本歴史上未曾有の大災害、東北大震災の日から今日でちょうど1年。

昨年4月に宮城に入ったのをかわきりに今日まで15回の東北入り。

12月24日。
宮城県登米市での大X'mas祭。
3000人を超えるたくさんの人が来てくれて、100本以上の大旗が立ち並んだ酷寒の野外フィナーレ。

あの時。。。。
あのフィナーレのステージからの景色がなぜかそれまで見てきた景色と違っていた気がする。

振り返れば6月に若いメンバー達と入った東北キャラバン。
あの当時のメンバーで大きく成長していってくれたメンバーもいればすでに今村組を去ったメンバーもいる。

7月の非営利型一般社団法人「日本共育プロジェクト」の設立。
設立当初全く金がなく何百万も持ち出して活動していたあの頃。
今や加盟170社に及ぶ京都後援会の設立をバックになんとか資金的にも回り出して活動も進んでいるが自分の中にいい意味で何かぎらぎらしたものが薄らいできたいるような。。。。。


東北に・・・・・
自分のやりたいことは何なのか・・・
自分のやっているいることは本当に東北の人たちのためになっているのか、喜んでくれているのだろうか・・・
福島に目をむけず、本当に東北の事をしていると言えるのだろうか・・・・

この1年多くの事を学び、多くの人と出会った。
しかしまた多くのことを失っても来た。

先日ある現地支援者の方から「『今村さんは営利で東北の事をやっているのか』と言う声が私のまわりで出ている」との電話を受けた。

言わせたい奴には言わせとけばいいが、私のことをよくよく知ってくれているあなたがなぜそれをその場で否定せずに私に伝えるのだ・・・と悲しくなった。


今、東北は何も終わっていない、何も始まっていない。。。


今月24日に私と14人のメンバーは再び東北宮城南三陸に入る。

南三陸と気仙沼に復興祈願踊りチームを結成するために。

そしてそのチームを6月の札幌YOSAKOIソーラン祭りに連れて行くために。。。



本当にこれが東北のためなのだろうか・・・・・私にとってこのキーワードがいつも頭の中をかすめる。
このキーワードから生まれた今回のチーム結成の取り組み。

しかしこれもその全ての答えではない。


夏には長期泊まり込みで宮城岩手の仮設を回ってささやかでもいい、本当に近いところでおじいさんやおばあさんを励ませる踊り慰問をしたい。


なぜそこまで・・・・・

その答えは私にはない・・・・


いやその答えを見つけるまで私の東北への道はこれからも永遠に続くのだろう。

2012年3月11日03:48


東北復興祈願曲「和詩」
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by e-than-kki | 2012-03-11 04:43 | 生き方
2011年総括②追伸
今、東北の旗士のしんさんに電話をした。
しんさんは旗士10数人としんさんの店で先日のご苦労さん会の最中だった。

思わず涙が出た。

あの日、一番輝いていたのは旗士連中だったと私は思う。
それは旗士全員が組長(しんさん)のために!とただその一心で旗を振った。
そのしんさんは海童いしゃりの未発表曲のため、そして俺を助けるため、その一心で旗士をまとめた。
ねらいが明確な集団が一心不乱に旗をふった。
だから彼らの旗を見て、感動した、涙が出た。

24日のイベントは大成功だった。それは間違いない。
ただ、一人・・・・私の迷いをのぞいて・・・


今、私は無性に東北の旗の男達と酒を飲みたい。。。。
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by e-than-kki | 2011-12-30 21:00 | 生き方
2011年総括②
今年の自分を振り返った時、どうしてもはずせないのはやはり3.11の東北大震災だろう。

私は今年のほとんどをその「東北」をテーマに取り組んできた。

4月から毎月合計12回の東北入り。

そして6月の東北縦断キャラバンを皮切りに8月の登米市での祭り遠征、10月の仙台みちのくYOSAKOI祭りの参加、そして最後は12月24日の東北復興祈願祭の開催と参加。

その活動のおかげで多くの人に出会うことが出来た。

登米の舞姿道みろくの織田君、菅原さん、元さん、そしてみろくのメンバー達。
南三陸の海童いしゃりの山清一郎こと山内さん、純子ねえ。
東北一の旗士(少なくても私はそう思っている)しんさん。
そして東北の旗の漢(おとこ)達。
そしてそして東北で出会った多くの人たち。。。

東北の活動に力を貸してくれるべく立ち上がってくれた京都市長はじめ南三陸町長、気仙沼市長、登米市長。

そしてそして物心両面で最大の支援をもたらせてくれた京都五健堂蓮尾社長はじめ多くの京都の経営者達。


私にとってそれら全ての人との出会いはまさに神に感謝すべく事のそうに思える。


しかし12月24日のX'mas復興祭。
野外での感動のグランドフィナーレをステージ上から眺めていて考えていた。

「私の本当にやりたかった事はこういう事なんだろうか。」

「私がやっていることは本当に意味のあることなんだろうか、本当はもっともっと違うことをしなければ成らないのではないだろうか。」

「自分の自己満足ではないのだろうか。」

「得る物は大きかった、それはすごく大きく間違いのないことだ。でも失った物もまた大きかったのではないだろうか。」

私はふとそんな事を考えていた。



ただひたすら『東北』をテーマに走り続けて来た1年。
人は「自分の名誉のために」と言う。
「復興支援って言っても金儲けやろ」と言う。
言いたい奴には言わせればいい、そんな奴に分かってもらおうとは思わない。

私は本当に「東北」で何をなすべきなのだろうか
いや何をしたいのだろうか。

1年間走り続けてきたからこそ、私は今、そう思う。


6月6日。
初めて宮城県登米市中田アリーナでで踊りを披露した。
私は踊り出す前に避難所や仮設住宅から集まってくれた1500人を前にこう言った。

東北の方達は本当に自分たちの身を切って日本全国に『日本よ、このままじゃあかんのと違うか』という日本教育史上最大の教育機会を作ってくれた。
だからこそ私は一人でも多くの子どもや若者をここ(東北)に連れてきたい。
一人でも多くの子を連れてきて自分というものを見つけさせたい。
それは自らが身を削ってその機会を創ってくれた東北の方達への恩返しなのです。
そして東北の真の復興もまた東北の子ども達によってのみなされると思う。
東北は日本教育史上最高の教育機会なのです。私はそう思って東北に取り組みたい。
もし私の今の言葉に憤りや怒りを思われるなら私は今日を最後に東北には足を踏み入れません。
私は今日その覚悟でここにやってきました。


一瞬の静寂の後、集まってくれた人たちは心からの拍手をしてくれた。
東北が私を、私の志を迎え入れてくれた一瞬だった。

12月24日。
この言葉どおりのイベントだったのだろうか。
私には分からない。


しかし2012年。
私はやはり「東北」をテーマに走り続ける。
それは自分探しの旅なのかもしれない。

今、かすかに見えている道がある。
6月6日に言ったこの言葉。
私がやりたかった本当の道が今、少し見えている気がする。
それは今年以上にもっと困難で、もっと失う物も多い苦難の道であることは重々分かっている。

しかし私は2012年、その道を選ぶことになるだろうと、今思っている。


がんばろう東北!何があっても我らは東北と共に!     


2012年。
この言葉の真の意味を考え続ける年になるだろう。


2011年12月30日 
関西京都今村組総代表 
非営利型一般社団法人日本共育プロジェクト代表理事
今村克彦 拝
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by e-than-kki | 2011-12-30 10:25 | 生き方
2011年総括①
12月24日宮城県登米市での「もう君を一人にはしない」大X'mas祭は大成功を収めました。

そして昨日12月28日は鈴鹿今村組鈴燦会保護者会会長で時期連合保護者会会長と目されていたマミパパのブラジル赴任に際しての送別ライブと送別会。

やっと事務所も今日から休みになり、2011年も無事に終わろうとしています。

考えてみると毎年の事ではありますが今年も激動の1年でした。

1月:群馬県藤岡市での今村組ライブ。

2月:神戸での10年ぶりの私のソロライブ。

そして3月。今村組拡大月間で今村組初の400人メンバー。そんな中での3月11日のあの出来事。

それ以後の今年の全ての計画が変更されました。

そして札幌練習開始。。。

4月:私一人で初の東北入り。自分の中で何かが動き出すのを感じた3日間でした。
  3日・全今村組花見大会(東北支援活動開始を宣言)

5月:札幌合宿。京都市長との出会い。「何かが出来るんではないか」と悶々とする日々。

6月:東北復興祈願キャラバン1700kmの敢行。
  4日・京都丸山音楽堂での復興祈願音楽祭。愛知県犬山市での復興祈願ライブ
  5日・群馬県高崎市での復興祈願ライブ
  6日・宮城県登米市入り・登米市中田アリーナにて復興祈願ライブ、1500人の人たちが来てくれる
  7日・南三陸町、気仙沼市等の中学校、避難所など4ヶ所での復興祈願ライブ
  8日・青森県八戸市での復興祈願ライブ
  9日・本州から北の大地北海道夕張へ。夕張ライブ開催(4th)
 10日~12日まで札幌YOSAKOIソーラン祭り参加。
 
7月:東北支援活動を支援してもらうための全国行脚開始。事務局長として西嶋氏招聘。
 15日・非営利型一般社団法人「日本共育プロジェクト」設立。

8月:
 6~7日・伊賀今村組鈴鹿フェスティバル参加
 6日・福井今村組福井いっちょらい祭り参加
 6~7日・選抜今村組宮城県登米市祭りゲスト出演
 27~28日・奈良、木津今村組奈良婆娑羅祭り参加
南三陸町長・気仙沼市長・登米市長・夕張市長・京都市長等続々日本共育プロジェクト相談役、顧問等に就任

9月:劇団今村組初の学校公演スタート
・日本共育プロジェクト京都後援会発足、以後強力にサポート
・KAI48結成
・天理な祭りに奈良、木津、寝屋川が参戦・寝屋川が3年連続準大賞を獲得

10月:
・8~9日:1000kmを離れてみちのくYOSAKOI祭りと安濃津祭りで今村組大暴れ。仙台では涙で迎えられる。

11月:初の利尻島講演など講演が目白押し

12月:今村組地方ライブ開始
・24日宮城県登米市にて東北復興祈願ライブ敢行

年間今村講演回数約89回
年間今村組公演回数約76回
土日祝日稼働率:今村約96%龍太88%北畠89%翔吾78%


今年も本当に駆け抜けた1年でした。

自分に何が出来るのか、何をしたいのか、どこに行きたいのかを考え、問い続けた1年でした。
しかし、その答えは未だ見えず、2012年に持ち越します。
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by e-than-kki | 2011-12-29 12:19 | 生き方
最北の島は最高にあたたかい島だった!2
昨日の記事に出ていた教育長です。
ほんまいい人でしたっ!!
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by e-than-kki | 2011-12-01 13:39 | 生き方
北の最果ての島は最高にあたたかい島だった。
北海道利尻島から今、帰ってきました。
昨日生まれて初めて渡った最果ての島利尻。
講演会の後は町の教育長や教育次長、教育委員会の若手のメンバーが集まってくれて飲み会だった。

利尻のおいしい魚貝ものなんかがテーブルいっぱいに並べられてそれだけでも嬉しかったが形だけでない教育長や教育次長のもてなしが心から嬉しかった。

こういう町が呼んでくれる講演会も多いけど、教育長って挨拶だけしてすぐ帰るっていうのがほとんど。
最後まで一緒に飲んでくれることはまれなんです。



翌朝・・・・
景色は雪化粧。
外はなんと-6度。
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なんと朝ホテルのロビーに降りていくと昨日の教育長はじめみんなが見送りに来てくれていた。


本当に心からお礼を言って、フェリー乗り場へ。

とにかく寒い。。。
寒すぎる。。。。
客室に入ってほっと一息していると電話が・・・・
昨日の教育委員会の若手メンバー。。。
ホテルで見送ってくれたはずなのに、甲板に出てくれっていう内容。。。
なんだろうと出てみると・・・
そこには・・・・
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やんちゃ坊主のような笑顔で、「別れのテープ」を用意してくれていた。


そしていつまでも
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いつまでも
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見送ってくれた彼ら
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日本最北端の島、北海道利尻島。
11月30日現在、気温-6度のとんでもない寒さのこの島は

涙が出るほどとんでもなくあたたかい島だった。


また来ます!
きっと!
利尻のみんなに会いに来ます!
もしもし俺で力になれることがあれば教育長さんいつでも呼んでくださいね!


追伸
今回の利尻講演会をお世話してくれた東京のアオイスタジオの中村君、イマージュの上田社長も
馬鹿なほどあたたかい男達だった。
きっとまたいつか一緒に仕事しましょう!
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by e-than-kki | 2011-11-30 20:15 | 生き方
福島
昨夜ある人と電話で話した。

相馬市に住んでいる49歳の若者、森田さんという方だ。

まだ彼とは一度もお会いしていないが、彼が今村組の仙台みちのくYOSAKOI祭りのパレードを見てこんな記事をアップしてくれた。

仙台市内で打ち合わせが終わり今日よさこい祭りだと言う事で定禅寺通に来てみた。

そしたら、ちょうど京都の熱血教師「今村先生」率いる今村組が踊っているではないか。

こ・これは何だろう?
よさこいでこれ程までに感動するものだろうか?!

爆音で流れる音楽に今村先生のMCがかぶる。
感極まり今村先生が泣いた。

そして踊っている少年少女たちも目に涙を浮かべ踊りはじめた。

心の底から感動した。

沿道で観ている観客はほぼ全員泣いていた。
気が付けば自分も涙を流していた。

こんなに感動するものだったとは…

踊っている若者たちは本気で東北の人たちを自分たちの踊りで元気にしたいと願いながら踊っているとしか思えない。

今まで味わった事のないエネルギーを感じた。

本当に感動した。

今村組を相馬に呼ぶことは出来ないものか?


きっと元気をもらえるはずだ!!!


あまりの感動に撮影する事すら忘れてしまった。

いやぁ~これから仕事なのに目が腫れてしまったよ。


このブログを見てすぐにコメントを入れると彼からまたすぐに「連絡を取りたい」と言うコメントが入り、昨夜電話で話をした。

東北、宮城に行っている私は、少なからず福島の事が気になっていた。
しかし、汚染の状況が分からない事や、正直宮城で手一杯になっている状況から自分の心にふたをしていたところがある私の耳に飛び込んできた数々の憤り。

小学生が首からガイガーカウンターをつけさせられている事
その機器に「がんばろう東北」と書かれている事(どこまでがんばれというのか!)
もしその機器をなくしたり壊したりすると4.500円弁償しなければいけない事
福島の子ども達は「もう私、大人になっても子どもを産めないね」と悲しそうに言っている事
などなど・・・・・

本当にこの国はどうなっているのか、激しい怒りに震えている自分がいた。

すぐに行きたい、今村組の子ども達と一緒に飛んで行きたい、そんな衝動にかられながらもすぐに行動できない悲しさを、電話のこっちと向こうで感じていた。

「今子ども達を連れて行くにはリスクが大きすぎる。(現実的には1日入るだけでは何の問題もないのだが・・現に相馬の子ども達はそこで毎日生活しているのだから)」こと。

「今村組の子ども達に呼びかけたらほとんどの子が『行きたい!』と言うだろう、しかし心配し反対する親も出てくるのは当然。それが原因であっちこっちの家庭で問題が起こるだろう」こと。

「今、子ども達を福島(相馬)に連れて行ったら、それこそ激しい賛否両論が巻き起こるだろう。それが今後長く取り組む上で大きな障害となることも十分考えられる」こと。

などなど話して・・・・・でも何かしたい、何かできないか!と二人電話で模索し続けた。


結局、まずは私が今月相馬に入る事、相馬市長にお会いする事、森田さんはじめ心ある人にお会いして今後を相談する事を決定した。




私はまだ何も成し遂げていない。
東北宮城の事も何も成し遂げていない。
そんな中で福島まで手を広げて果たしてやっていけるのか。

しかし、東北の中にある『もう一つの東北』に目をつぶってもう私はこのまま進む事が出来ないと思った。
出来る者がやる!出来る立場におかれている者が何もなさないのは最大の罪である、そう思った。



みなさん
ぜひ力を貸してください!
東北宮城の取り組みだけで今村組事務所からと私の個人資財で300万以上の資金を使い果たしています。
今村組メンバーにも負担をかけています。
今までの東北参加は今村組の慣例を破り参加費を徴収しての参加になっています。
泣き言を言う気はありません、でも活動を続けようとするとやはり資金が必要です。
みなさんに今、少しの余裕があれば関西京都今村組と日本共育プロジェクトに託してくれませんか。



ぜひとも日本共育プロジェクトに資金提供、協力依頼の声を寄せてください。

東北とそして更なる「もう一つの東北」のために!


森田さんのブログ・連絡先 ここ

ぜひ活動資金提供をあなたの出来る協力を→日本共育プロジェクトhp
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by e-than-kki | 2011-10-12 05:11 | 生き方
色々な人と出会い
最近、東北の活動の関係で色々な人に出会わせてもらう。

本来なら死ぬまで絶対に出会わない人たち。

登米市の織田、菅原さん、南三陸の山清一郎、淳子姉、一関のしんさん、登米市長、気仙沼市長、南三陸町長・・・・・・・・・・・・
挙げるときりがない。

またこの取り組みで再び出会い直しができた人も多い。

ヤンジャンの齋藤、近藤先生・・・・これもきりがない。


また本来なら死ぬまでまず行かないだろう場所との出会い。

宮城県登米市、気仙沼、そして南三陸町・・・・・・



東日本大震災。


2万を超す人たちが無念の死を遂げた。


1人が亡くなっても「その人」のために、「その人」のためまで生きようと言う。


この2万を超す人たちの英霊にこたえるためには、それも無念の死を遂げた数多くの英霊にこたえるためには、残された私たちが、その人たちの思いを引き継ぎ、後生につなげていかなければならない。


ここにこられる多くの批判的な方々。

謝れと言われれば謝ります。

今、私たちは自身のイデオロギーや主張を超えてお互いに手を結び力をあわせる時だと思います。


本当に数え切れない人生の途中でその道をたたれた無念の数多くの英霊、御霊ににこたえるためにも
私たち日本人1億数千万人は力の限り生き抜かなければならないのではないでしょうか。

私は東北を「日本史上最高の教育機会」であると言いました。

その言葉で腹立たしい思いをされている方も数多いと思います。

でも私たちは「東北」をただの「災害地」として「救済」すればいいのではないと思います。

そこから多くを学び、未来につなげていく、それこそが私は無念の死を遂げた方々の思いだと確信しています。

評価は好きにしてください。

評価は後にしてください。

私はただひたすら前に進みます。

再来週、再び宮城県登米市に入ります。

多くの人を助けられなくても私を待ってくれている人たちがそこにいます。
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by e-than-kki | 2011-09-08 10:10 | 生き方
「東北の野菜や肉は食べるな」
今日の「たかじんのそこまで言って委員会」での武田氏の「東北の野菜や肉は食べるな」発言に対する私の発言に対して色々とご意見頂きありがとうございます。
色々な意見を拝聴する中で、今までになかった考えや物の見方も出来、非常に勉強になった事に感謝します。


ただ、一つ言わせてもらうとすれば、あの放送では編集されてるところもありますが、私は「東北」という言葉にこだわりました。

東北とは青森、秋田、山形、岩手、宮城、福島、そして範囲分けによっては新潟もその範疇に入ります。

その全ての範囲をさして「東北」と言います。

その全ての「東北」で栽培された全ての肉、野菜を食べるなという発言に対してあまりにも極端な発言だと考え、武田氏の発言の訂正を求めました。

「東北」のものを食べて「東北」を救おうなどと言っているのではありません。
また今、国の示した安全基準が正しいかどうかという問題もあり、私たちは何を信じたらいいのか分からない状態にあるのはよく理解できますし、「自分たちの身は自分たちで守ろう」とする考え方も否定しませんが、被災されたそれこそ東北の方々は今も「食べざるをえず」自らの身を守ることも出来ずにいる現実を考えるべきではないでしょうか。

「食べよう」でも「食べるな」でもなく私たちにはもっと考えること、やらなければならないことがあるような気がします。

そんな意味にとらえて頂ける幸いです。
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by e-than-kki | 2011-09-04 23:38 | 生き方