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カテゴリ:生き方( 90 )
外見と内面
人には「外見」と「内面」がある。

仕方がない事だが、人が受ける印象は、その「外見」から入る。。。これを「第一印象」と言う。

そして、何回かその人に会っているうちにその人への「印象」が固まってくる。

しかし、何回かの接触さえもこれは「外見」に相当する「内面」でしかない。

人はこの段階でそれ(第一段階外面)をその人の「内面」と勘違いする事が多い。

しかし、やっかいな事にこの「外見」ほどあてにならない事はない。



最近テレビ出演も多く、テレビでしかお目にかかれなかった色んな人と出会い、話す事がある。

テレビに出演されているいわゆる「好感度」なタレントさんは会って見れば総じて「非好感度」の場合が多い。

ここでは名前は挙げられないが○光アナウンサーなどはわたし的にはかなり「非好感度」だった。

逆に嫌なタレントと思っていた、いわゆる「非好感度」な人達が会ってみれば「好感度」だったりする。


その最たる人は石田靖さんだった。


彼はすごくはにかみ屋でさわやかな男だった。


礼節を重んじ私ごときをいつもエレベーターの入り口まで送ってくれた。

又義理がたく年末ライブにはかならず花を贈ってくれる。

今年、花が届いていないな?と思っていたら年賀状に「花忘れていてごめんね」と書かれていた。


しかし、もっと突き詰めて言えば、これさえもわたし自身が見た「第一段階内面的外見」なのかもしれない。

私の知っている上記二人の「内面」はそのほんの少しの印象に起因する「内面」でかないからだ。


私と翔吾と龍太の3人を知っている人も多い。

祭や色んな所でこの3人と話す機会があり、それこそ何年かこの3人を知る人に「一番激情型で気が短いのは翔吾ですよ!」と言うと誰も信じない。

「俺→龍太→翔吾」の順で挙げる人がほとんどだろうが、実際の所は
「翔吾→俺→龍太」だろう。
(翔吾の激情型はまさしく俺の血だろうと思うが。。。ちなみに同年齢の俺と翔吾を比べると激情度は俺が圧勝だろう(笑))

今村組の姉さん「綾ねえ」は優しくあったかい人に見える。
たしかにそうだが、人に対してひどくドライな部分もある。

今までのメンバーの何回かの裏切りの時、翔吾は激情して怒る。。。
俺も激情して怒る。。。
綾ねえはと言うと「多分あいつはそんな奴やと思っていた」とさらっと言う。

人の外見などほとんどあてにならない。

ましてや何回かの印象でそれが人の「内面」だと判断するのは大間違いである。





今晩、京都のエルラテーノと云う店に行く。
この店は俺が10年来通っている店だ。

[EL LATINO -MATSUBARA- エル・ラティーノ]
京都市下京区松原通西洞院東入ル薮下町14-1
スクエアー松原1F
18:00~翌1:00(LO)
無休


この店で九州佐世保の「あっぱれ青組」のおうちゃんと会う。

5年前、屈辱の13人札幌遠征の時、100人を越える大チームが通り過ぎる中、うちひしがれた私や子ども達に彼が彼だけが優しく声をかけてくれた男である。
私と彼との人生上の接点はそれだけである。



人が人を信じる。。。

人が人に惚れる。。。

人が人を理解する。。。

それはそんなにたやすい事ではない。

しかし、わたしは又人生の一瞬の接点での輝きを信じ、今晩、京都に向かう。
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by e-than-kki | 2006-01-21 10:04 | 生き方
俺を取り囲む男達パート?
俺の回りには素晴らしい男達がいる。

今回は。。。
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by e-than-kki | 2006-01-18 08:12 | 生き方
いよいよ今日。。。
関西京都今村組&イーサンライブ「鬼聖~新生進鬼」。。。



いよいよ今日。。。



全ては今日で終わり、



全ては今日から始まる。。。



怒濤のような悪意と



津波のような善意に翻弄され



流され、癒されたこの1年。。。



全ての人に、



いや俺を信じてくれる全ての人に



俺の持っている全ての心を伝えたい



俺を伝えたい。



全ては今日で終わり



全ては今日から始まる


乗り越えろ、



そして前に、



ただひたすらに



前に。。。。



全てを乗り越えて



今、前に!!!
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by e-than-kki | 2005-12-25 06:53 | 生き方
俺。。。
ある人から、組の受難はひとえに俺の責任だと言われた。

そうかもしれない。。。



又、ある人から「先生が寂しがり屋でいっつもみんなをそばに置いておきたいから、みんながしんどくなる」と言われた。

そうかもしれない。。。



又、ある人から「独善家だ」と言われた。

そうかもしれない。。。



ブログで自分のつらさを書いて人から同情を誘っているのだろうと言われた。

そうかもしれない。。。


俺はなんだ!と思う。

俺は何をしたいんだ!と思う。

10年後の俺はひょっとして一人になっているかも、と思う。

スーパーで一人で買い物をしているおじいさんを見たら、自分の将来を見ている気がする。

ひどく自己嫌悪になることがある。

ひどくさみしくなることがある。

まったく曲がかけない。

まったく自分の事を考えられない。

こんな事がいつまで続くのだろう。

続けていけるのだろう。



人は苦しい時に俺に頼ってくる。

そして楽になれば俺を攻撃してくる、裏切ってくる。

そんな人間を死ぬほど見てきた。

裏切るより裏切られる方がいい?

そんな事は裏切られた本当の苦しさをしらない人間の言う事だ。

所詮きれい事だ。




別にここ最近なにかあった訳ではない。



俺の母親がいつも言っていた。
「人の世話はアホがする」

又ある人が言った。
「何も望まない、『ありがとう』の一言さえ望まない」

そんな人にいつなれるのだろうか。。。
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by e-than-kki | 2005-12-10 11:40 | 生き方
父の死で考えた事
昨日無事父の葬儀、告別式を終えました。
足下が悪い中本当に多くの方にご参列頂き、又多数の献花、御弔電等を頂き、又、励ましのメッセージなども数多く頂き、亡き父も心から喜んでいると思います。
ここに改めてお礼を申し上げます。
「本当にありがとうございました」

父は28年間田舎の役場の職員として、又その後その人格を認められ、途絶えていた天満宮宮司として、ただ実直にただ勤勉に毎日平凡に生きてきました。

毎晩の少しの晩酌を楽しみに、よく働き、そしてよく眠り、世間の権勢欲的なものには一切目も向けず、生きてきました。

町が後継者に苦しみ「ぜひ町長に」と言う声にも「わたしの器ではない」と固持し、生きてきました。

若いとき私はそんな父に物足りなさを感じていたのも事実です。

ただ働く事しか能がなかった親父との思い出もそんなに多くはありません、いやむしろほとんど無いと言った方が良いかもしれません。

でもなぜか親父が好きでした。

俺を自慢する親父が好きでした。

「お前の思うようにやれ」・・・そう言う親父が好きでした。

親父は78才でこの世を去りました。

私も同じ年でこの世を去るとすればあと30年。

あっという間かも知れません。

私は昨日亡き親父の顔を見ながら誓いました。

「親父。。。行くところまで行ってみる。。。見といてくれよ」と。。。

翔吾は私の横で「おじいちゃん、来年はきっと勝ってくる。」と言ってました。

残りの人生。。。

思う残すことなく精一杯生きてみたいと思います。

親父が死に際し、出ない声で俺に言いたかった事もそう言う事だったと思います。

「克彦。。。行けるところまでいけ、お前の思うようにやってみろ」と。
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by e-than-kki | 2005-10-16 07:23 | 生き方
訃報
2005年10月12日午後4時49分。

我が父、今村順治が永眠いたしました。

享年78才。

ただ日々まじめに勤労に平凡に暮らした父でした。

でも私はそんな父が大好きでした。
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by e-than-kki | 2005-10-13 07:56 | 生き方
親父。。。
今、私は親父の入院している病院に来ている。
今年1月から入院した親父の命の灯が、あと何時間かで尽きようとしている。
父は今年78才、私とは30才離れており、私と龍太との年の離れ方と同じである。
いつも親父は俺の味方だった。
親父は俺の事をいつも自慢に思ってくれていた。
今、私は静かに親父との思い出をなぞっている。。。。。
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by e-than-kki | 2005-10-12 15:46 | 生き方
情けは人のためならず
情けは人のためならず・・・一般的に多くの人に知られていることわざである。
ただ、このことわざの本当の意味は実はあまり知られていない。

多くは「人に情けをかけるとその人のためにならない事が多いよ」という意味にとられているが、実はそうではなく「人に情けをかけるのは人のためではない。一見、人に情けをかけて何かするのは大変だが、それは人のためではなく、いつか自分のためになる事なんだよ」というのが本当の意味なのである。

私は48年間、多くの人に情けをかけてきた。
(前にも書いたが、それはその人のためと言うより、その人をほおっておけない自分の為なのかも知れないが・・・)

裏切られても、何をされても本当に人を憎みきる事はただの一度も出来なかった。
どこかで許そうとした、手をさしのべた。

でも、最近思う。
情けは人の為にはならない、そして自分のためにもならない。

戦国時代に言われた戒めに「一度裏切った人間は二度三度裏切る・・・」ということわざがある。
最近、本当にそうかもしれないと思う時がある。

情けは人のためならず、情けは組織のためならず。
人を情け容赦なく、切って捨てる人になれたら、どれほど楽だろうと最近よく思う。
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by e-than-kki | 2005-09-29 14:23 | 生き方
人のために・・・
人のために・・・

よく言われる言葉だが、今まで私は「人のために・・・」ということをあまり実感したことがない。

人のために泣く・・・・よくある
人のために怒る・・・これもよくある
人のためにけんかする・・・これも良くあるような気がする
人のために笑う・・・元気つける時とかよくするかも
人のために諭す・・・あるある
人のために悲しむ・・・これもあるな
人のために戦う・・・あるかも


って考えると俺って結構人のためになんかしてるんやなって思える。
でも実感として人のためになんかしてるっていうのはあんまりわからない。

そこで考える・・・
俺って人のためにしてるんじゃなく自分のため
なにかをしてるんじゃないかなって・・・

人のため・・・俺のため・・・・
俺は俺のために生きてるのかなって時々思う

究極のエゴイストかもって・・・・
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by e-than-kki | 2005-09-20 15:35 | 生き方
親父・・・
俺の親父は今年で78歳になる。
親父は生まれてまもなく母親を亡くし、子育てに困った親父の親父(祖父)が今の今村家に養子に出した。
だから俺の名字は本当だったら中西だった。
田舎の町役場に勤め、毎日ただまじめに何十年間を勤め上げ、退職後人に推されて町の唯一の天満宮の宮司になった。
まじめなだけが取り柄の親父・・・
親父の思いではほとんど無い。
今のように子ども達をどこかへ連れて行くなどの余裕もなかったし、そんな習慣もあまりなかったし、金もなかった。
親父の思い出というと山にまったけを取りにいた時、どうしてもついて行けないほど山の中をすいすい歩いていった背中だった。
追いかけても追いかけても追いつけない背中...
俺はその背中について行こうと懸命に歩いた・・・

今親父は入院している。
ほとんど寝たきりで声も出せないし、意識もあまりはっきりしていない。
組の事務所から車でほんの10分くらいのところに入院している。
なのに毎日の忙しさからほとんど顔を出してやれない。

俺は翔吾や龍太にとっては派手な輝かしい親父なのかもしれない。
でも所詮親父の親父としての意味は、山を先に歩き、どこまで行っても追いつけない背中なのかもしれない。
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by e-than-kki | 2005-08-18 07:49 | 生き方