ブログトップ
<   2005年 10月 ( 10 )   > この月の画像一覧
茨城の青い空。。。
きのう、茨城県下妻市イベントに招待さ 今村組の若者達とともにバスで10時間かけて行ってきた。

イベントには私の弟分の一人、群馬高崎支部のマツムラや遠藤さん、その他大勢の知り合いが来てくれていた。

演舞終了後。。。
そんな仲間と地べたに車座に座り、ビールを飲んだ。
誰も何も言わない。。。でもオレの傷心には気づいているようだ。。。
帰りたくないなぁ。。。自然と口をついてその言葉が出てきた。。。
茨城の空が妙に青かった。。。

数日前、 今村組立ち上げ時から 今村組を応援してくれていて今は反対者に回っている人から初七日も明けない私の母親に長々と2時間にわたり電話があったらしい。
「子ども達が辞めるのはアナタの息子のせい。。全てアナタの息子が悪い。。。今村も地に落ちた。。。」
そんな内容だったらしい。
母親は一言「かっちゃん、あんな奴らに負けんな」
そう言った。

帰りたくない。。。。
本当に全てを捨てて逃げ出したい。。。
そう思う事も少なくない。。。

でもオレは戦いの場でしか生きられない。。。
見える敵、見えない敵。。。全ての敵を相手に
2005年12月25日なら100年会館。。。
オレのライブを見に来てください。。。
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-24 19:26 | 日常
その後。。。
父の死から約1週間。。。
今週の水曜日から職場復帰を考えていたが、日常の過労か、張りつめていた糸が切れたのか
すっかり体調を壊してしまい、今週は自宅療養している。

来週からは日常の生活に戻れると思うが、みなさんにはすっかりご心配をかけてしまった。

やらなければならない事が洪水のように押し寄せる毎日の中で、ただ、懸命に毎日を駆け抜け、親父の顔もあんまり見に行ってやれなかったことが今更ながら後悔する。

通夜や告別式に来てくれた親友や旧知の知り合いが「とにかく体大事にしろ、無理するな」と言ってくれて嬉しかったが、そんな言葉に喜びつつ自分では何ともならない日常がもどかしくもあり、怖くもある。

今俺が倒れたら。。。。
そう思うとそろそろ自分のやっている事を整理しなければとも思う。

50才になるまでに自分の進む道を決めたい。
それが私の口癖だ。

来年こそ勝負をかけたい
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-21 10:31 | 日常
父の死で考えた事
昨日無事父の葬儀、告別式を終えました。
足下が悪い中本当に多くの方にご参列頂き、又多数の献花、御弔電等を頂き、又、励ましのメッセージなども数多く頂き、亡き父も心から喜んでいると思います。
ここに改めてお礼を申し上げます。
「本当にありがとうございました」

父は28年間田舎の役場の職員として、又その後その人格を認められ、途絶えていた天満宮宮司として、ただ実直にただ勤勉に毎日平凡に生きてきました。

毎晩の少しの晩酌を楽しみに、よく働き、そしてよく眠り、世間の権勢欲的なものには一切目も向けず、生きてきました。

町が後継者に苦しみ「ぜひ町長に」と言う声にも「わたしの器ではない」と固持し、生きてきました。

若いとき私はそんな父に物足りなさを感じていたのも事実です。

ただ働く事しか能がなかった親父との思い出もそんなに多くはありません、いやむしろほとんど無いと言った方が良いかもしれません。

でもなぜか親父が好きでした。

俺を自慢する親父が好きでした。

「お前の思うようにやれ」・・・そう言う親父が好きでした。

親父は78才でこの世を去りました。

私も同じ年でこの世を去るとすればあと30年。

あっという間かも知れません。

私は昨日亡き親父の顔を見ながら誓いました。

「親父。。。行くところまで行ってみる。。。見といてくれよ」と。。。

翔吾は私の横で「おじいちゃん、来年はきっと勝ってくる。」と言ってました。

残りの人生。。。

思う残すことなく精一杯生きてみたいと思います。

親父が死に際し、出ない声で俺に言いたかった事もそう言う事だったと思います。

「克彦。。。行けるところまでいけ、お前の思うようにやってみろ」と。
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-16 07:23 | 生き方
訃報
2005年10月12日午後4時49分。

我が父、今村順治が永眠いたしました。

享年78才。

ただ日々まじめに勤労に平凡に暮らした父でした。

でも私はそんな父が大好きでした。
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-13 07:56 | 生き方
親父。。。
今、私は親父の入院している病院に来ている。
今年1月から入院した親父の命の灯が、あと何時間かで尽きようとしている。
父は今年78才、私とは30才離れており、私と龍太との年の離れ方と同じである。
いつも親父は俺の味方だった。
親父は俺の事をいつも自慢に思ってくれていた。
今、私は静かに親父との思い出をなぞっている。。。。。
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-12 15:46 | 生き方
第1回天理な祭り
今日は第1回天理な祭りに今村組として参加する。
参加すると言っても7月くらいからこの祭りの立ち上げからプロデュース面で協力しているから、厳密に言うと参加と言うより立ち上げかも知れない。

この祭り立ち上げには当初から色々な事があった。

ある日、プロデュースを頼んでいた祭り首脳が「プロデュースを降りてくれ」と言ってきた。

あるゲストチームが私のプロデュースの下ではやりたくないと言ったのが原因らしい。
どうもそこの代表が私の事を嫌っているらしいが、私はその代表とそんなに親しくもないし、嫌われるような覚えもない、と言うかお互いそんなに知らない。
ただ、一つ、以前ある祭りでその団体が私のプロデュースに反感を持ったようだが、それはあくまで私の責任ではなく、その祭りの実行委員会の連絡調整義務の怠りから来たものだった。

その祭り。。。大阪の祭り実行委員の首脳が「今村さんの祭りプロデュースはよくない」と言ったらしい。それを言ったのは、連絡調整義務を怠り、全ての責任を私になすりつけたその人、そのものだった。
それでも私はその祭りにつきあった。彼らが「青少年健全育成」を掲げていたから。。。

しかしその祭りは私に最後はある大きな裏切りをお返ししてきた。
青少年健全育成から考えても全く考えられない裏切りであった。

あれから2年。。。。

私の事をどうこう言う人も決して少なくない。
私の祭りプロデュースを認めない人も少なくない。

祭りを盛り上げてくれと依頼してくる。。。
全力で盛り上げる。。。
今村組が来たら祭りを盛り上げてくれると大喜びする。。。。
お客さんが大喜びしてくれると大歓迎する。。。。
初年度は大歓迎する。。。。
何年かすると、あれは今村祭りだと批判し、自分たちで今村が盛り上げたぐらいの祭り(フィナーレ)が出来ると思い、今村組を切る。。。。
しかし、それは絶対に無理である、今村組が創りだす感動は今村組しか無理である。。。。

なぜならば関西京都今村組には
人を愛し、祭りを愛し、文化として祭りを高めていきたいとする今村克彦プロデューサーがいるから。。
プロロックアーティストとしての今村克彦があるから。。。
ライブ作り、ステージ作りのプロ、今村組プロデューサー時田から直伝を受けているステージマネージャーの今村がいるから。。。
そして何より魂の踊り「踊る心の伝道師」関西京都今村組の面々がそこにいるから。。。。


私はプロデューサーとして祭りを受ければ
MCとして私、今村克彦を使う、それが無理ならその次に認めている男、翔吾を使う。
なぜならば唯一、今村克彦をこえるよさこい界のあるMCの一人をのぞいて
今村克彦をこえるMCを私はしらないから。。。

子ども達が夢を見るようなチームを使ってくれと言われれば私は三国鷹をつかう。。。
彼らの中に素直な夢を見るから。。。

すっごいテクニックを見たいと言われれば星輝心を使う。。。。
彼らのテクニックは関西一、いや全国的に見ても他を凌駕していると思うから。。。

おばちゃんが頑張っているのを見たいと言われれば、姫路華の会、ようきや気楽を使う。。。
ほんまおばちゃんがんばってるし。。。気持ちいいし。。。

そしてラストを盛り上げてほしい、感動するチームを見たいと言われれば、私は迷いもなく今村克彦&関西京都今村組を使う。。。

それが私のプロデュースである、当たり前の事だ。

それを世の馬鹿馬鹿しい奴は自分で自分のチームを使って目立つ事だけを考えていると考えるらしい。。。。ほとほと馬鹿馬鹿しい。

今日第一回天理な祭り。。。。
私が8年を過ごした、青春の地、天理。。。
人生の多くを得て、そして多くの物をなくした、青春の地、天理。。。。。

結局プロデュースというにふさわしい取り組みは何も出来ず、プロデュースと言う名前だけを残し、一ゲストチームとして参加する天理な祭り。。。

私達若者を認めようとしない大人達に反発し、いつまでも子どもの心を持って生きていこうと決意した天理。。。。
私の中に真実を見いだし、自分の進退をかけて私を守ろうとした故佐藤先生と出会った地、天理。。。

私の、今村組の魂の叫び「私たちを認めてほしい」の原点を生み出した地、天理。。。

30年の時を越え、今、私は万感の思いを胸に青春の地、天理に戻る。。。。
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-09 08:37 | よさこい・祭り
色々・・・
その1
前回、ブログにコメントほしいって言ったら15人も来てくれたぁ・・・
何と言ってお礼を言ったらいいか分からない・・・ホンマうれしい!!

その2
今度大変な人と飲むことになった・・・
それはある県の講演会の前夜に計画されている・・・
参加者リスト
講演会主催者(かなり有力者らしい)、県助役、知事秘書室室長・・・・ここらへんでもうすでにえらいこと・・・
最後は某県知事・・・
ほんで私とあや・・・
どうなん、これ・・
場所はすっげい料亭らしい・・・
どんなカッコしていこか・・・
こまった・・・

まだまだ続く日常・・・
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-07 17:40 | 日常
なんで・・・
このブログをやっていてすごく気になる事がある・・・

何がそんなに気になるのだろう・・・
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-05 10:27 | 日常
ある夜のとある焼き肉さんでの出来事
その日、わたくしイーサンは4人の有能な部下を引き連れ、よく行くとある焼き肉屋さんへと向かった。
有能な部下とは
1,代表の我が息子・・・風貌からは考えられないけんかっぱやい翔吾
2,中学時代にすでにチンピラ相手でもけんかしたという元女番長綾
3,元極悪年少か今村組かのゆうと
4,元田舎娘ゆうか
だ。
又、その焼き肉屋さんの名前はあえて明かさないが、今村組フリークにはすぐに分かるチョー有名チョーレアな店だ。

さて、その晩はいつも1980円の焼き肉食べ放題を大奮発して2480円食べ放題にした。
そこの払いを全て持つわたくしにしたら合計2500円のアップ・・・
カードで払うと言えども財布に38円しかない私にとっては清水の舞台から飛び降りる勢い。。。
故に気持ちよく楽しく食べたいもんだと小市民のわたくしはせつに望んでいた。

広い店内にはわたくしたちグループと会社帰りの二人のサラリーマン・・・
う~ん、これなら静かに食べれるなあと喜んでいたのもつかの間、
若いあほそうな女二人と男一人が店内を駆け回ってはしゃぐはしゃぐ・・・
どうも見ているとこの店のバイトらしいが、バイトが終わって他の子をまっているらしい。
一人の女は酔っている、酔ってはしゃぐ、男といちゃつく。。。。
厨房に入って勝手にチューハイを作ってくる。
「アイスクリーム食べた~い!」と大声を出す。。。。

翔吾とわたしは親子である、綾とわたしは長いつきあいである、だから分かる、キレ方上昇曲線が・・・

元女番長の綾が静かににらむ。。。噴火直前だ

翔吾が「おとうはテレビで顔われてんねんから」と言って俺を押さえて自分は「うざいのう」とキレる。。。最後の突撃直前。。。。

元極悪ゆうとはめったに食べられない肉を前にひたすら食う

翔吾とわたくしの噴火を何回も目の当たりにしている元田舎娘のゆうかは「今日一日無事に過ごせますように」とひたすら神仏に祈る

しかし、そこは大人の私・・・
「もう出よか。これ以上いたらややこしいやろ」とみんなを促して店を出ようとする
翔吾、綾は渋々従う
ゆうとは残っている肉に未練を残しながらしぶしぶ従う
ゆうかは神仏に祈りが通じたと笑顔で従う

この後、店内に衝撃が走る!!
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-04 11:20 | 日常
群馬高崎雷舞フェスティバルに参加して・・・の一考察
まずは祭り関係者、チーム関係者のみなさんのこの間のご苦労に対して心から敬意を送ります。

我が関西京都今村組は金曜深夜25時発、高崎朝着、一日中踊りその晩泊まりで、日曜バスで8時間かけて日曜夜に京都に帰り着きました。
メンバーの若いみんなも「すっげいしんどい・・・」とのたまっておりますが、50才を目前にしたわたくしにとっては、今日の本業は死にそうな勢いでしんどいです。。。
なんか頭くらくらする。。。。。

つづきはこちらでおます!!
[PR]
by e-than-kki | 2005-10-03 14:55 | よさこい・祭り